横浜市会議員 中区選出 福島直子

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第89号 2017.07.02

本日投開票の東京都議選。わが同志の戦況に気をもみながら7月を迎えました。
 これから迎える真夏の暑さや降雨状況など、気象や環境のことが気になる次節でもあり、6月が「環境月間」であることは頷けます。

さて、いまから100年前の1917年7月1日、現在、中区の公会堂として使用されている「横浜市開港記念会館(当時は開港記念横浜会館)」の落成式が行われたそうです。1859年6月2日(太陽暦に直すと7月1日)の開港から58年目にあたるこの日に、開港50周年の記念事業が完結したのです。

横浜開港から20年も経つと、本町一帯は、絹糸やお茶を輸出する商家が軒を連ね大層なにぎわいを見せていたそうです。
 やがて商売のことや地域の課題を解決するための「拠点」が求められるようになり、主だった商家が資金を出し合う形で「町(まち)会所」が建てられました。その後1906年に近隣からのもらい火で焼失するまで、商業、行政、文化芸術、国際交流の場として大いに活用されてきました。が、実は建物の所有権や管理権をめぐって関係者間で紛争が起きており、焼失は天の采配とまでいわれたとのこと。
 港と横浜駅(現桜木町)を結ぶ絶好のロケーションはそのままに、商業者や市民からの寄付を募り、設計もコンペで行うという斬新な取組みにより仕切り直して、1917年「開港記念横浜会館」が完成しました。

ところが1923年、横浜は関東大震災に見舞われます。横浜会館も被災し閉鎖、特徴的なドーム部分も失いました。震災復興を経て、再び横浜市の中心的会場として活発に利用されます。その後、第二次世界大戦の横浜大空襲での難は免れましたが、戦後は米軍施設として接収。横浜市議団は1956年に山下公園と共に「横浜会館」の接収解除を求める運動を起こしました。横浜市に返還され、装いも新たに再開館したのは1959年のことです。

失われたままだったドームの設計図がこの間発見されたこともあり、1989年の市政100周年・開港130周年の記念事業としてドーム復元が行われることとなりました。
 復元工事完成とともに国の重要文化財に指定され、市民の誇りとしての存在感は不動のものとなりました。

開港記念会館は、重厚な外観とともに、内装、壁画、ステンドグラスが秀逸です。
 昨年、創建100周年記念事業として壁画の修復を、2008年にはステンドグラスの修復を行ったところですが、風雨に直接さらされる形態のステンドグラスについては、大至急保全措置の必要があるとの専門家の意見も聞いています。

昨日、中区主催の会館100周年記念式典に参列させていただきました。
 100年間のさまざまな物語を知るにつけ、それを未来に伝え、建築物としても維持活用していくうえでの課題をより多くの方々と共有したいと思いました。市民の心と力で守ってきた開港記念会館を、横浜ならではの方法でもっともっと魅力ある存在にしていきたいものです。

100周年を記念して冊子「ジャックの塔100年物語」が発刊されました(販価1,389円)。また【歴史展示】絵と写真と地図で振り返る開港当時の横浜、が館内で行われています。
 入場無料、今月28日16時まで。

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